2018年12月04日

デッド オア ドライブ

鈴木アイコン.png少し、昔話をしようと思う。

私が18歳くらいの頃、友達と二人でドライブをしていた時の話だ。

当時、若かった私達はお金もなかったので、やることがない時は意味もなく“ドライブ”という遊びをしていた。

東京などの大都市に住んでる方には伝わらないかもしれないが、地方の18歳といえば車を乗り回している年代だ。

なぜなら、車が無いと仕事が無い。
これが所謂、《地方のダブル無い》である。
語呂が良いから「仕事が無い」と書いたが、正確には「仕事へ行けない」だ。
もっと確実な言い方をするなら「就職できない」である。
だから、上で述べた《地方のダブル無い》は見当違いな言葉だ。
そりゃあそうでしょう。だって、今思いついて作った言葉なのだから。

まぁ、そういうわけで、地方の若者が《ドライブ》という遊びをするのは至極普通のことだった。

その日も、やる事もなく、お金もなく、当てもなく、《ドライブ(Drive)》をしていた。いや、《トライブ(Tribe)》といってもいいかもしれない。違うな。あれは《アライブ(Alive)》だった。私たちにとっての《アライブ》だ。

深夜の国道を男二人。車という密室空間に男と男。ボーイ ミーツ ボーイだ。

友達ボーイの乗っていた車はマーチ。
当時、マーチといえば若い女の子に人気の小型のかわいらしい車だった。
しかし、その車の所有者は、身長180cmをこえるムキムキのボーイだ。
ボーイというよりは《BOØWY》だった。
そんな彼の名前はヨシキだ。
《YOSHIKI》。
もう一度言おう。

《BOØWY》の《YOSHIKI》だ。

もはや意味がわからない。
べつに上半身裸でドラムを叩いたり、ダイブしたり、破壊癖があるわけではないが、髪の毛の色は《紅》だった。

想像してほしい。長身マッチョの赤髪の《YOSHIKI》がかわいらしい車に乗っている姿を。

ホラーである。

彼の名誉のために言うが決してDQNではない。むしろ優しいイイ奴だ。
彼とはとても気が合い、どこか似た感性を持ち、高1からの付き合いである。
感性が似ているとはいったが、彼がなぜ赤い髪にしたのか私には理解できなかった。何が彼を紅に染めたのか…友達としてなんとか理解しようと試みるも、答えはでなかった。私は考えるのをやめることにした。むしろ、理解したくない。正気の沙汰とは思えない。さすが《YOSHIKI》である。
《YOSHIKI》の考えていることを理解などできるはずがない。
彼を真に理解できるのは桜木花道くらいだろう。
しかし、私からしたらいたって普通の友人の一人であった。

話を戻そう。
2車線の国道を彼の運転するマーチでドライブしていた時のこと。
深夜ということもあり、車や人通りは多くない。
そんな中、一台の車が後ろから煽ってきた。今話題の煽り運転も当時から存在していたのだ。

おそらく、奴らはマーチに乗っているから舐めていたんだろう。
運転しているのが《BOØWY》の《YOSHIKI》だとも知らずに。

そのまま10分くらいが過ぎた頃だろうか。奴らは追い抜いてきた。そのまま私達の車を置き去りにしようとしたその時。

歴史が動いた!

《YOSHIKI》が動いたのだ!

彼はアクセルを踏み込み、奴らの横につけながら、運転席側の窓を開けた。私達が左車線で奴らが右車線だ。奴らが3人組だとその時わかった。
窓が全開なので奴らの表情がよく見える。併走している奴らの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。
かくいう私もクエスチョンマークが10個くらい浮かんでいたのだが。一瞬ではあるが、奴らと同調したのを感じた。《YOSHIKI》を除いて。
この場において唯一クエスチョンマークのない男。それが《YOSHIKI》だ。唯一無二の存在が《YOSHIKI》なのだ。
その唯一無二の存在が、助手席に座っていた私の目の前のダッシュボードを徐に開いた。
この時点で私のクエスチョンマーク数は80個に到達していた。

私は自分の目を疑った。
ダッシュボードから出てきたものは、真っ黒な漆黒の

銃だったのだ。

真っ黒と漆黒という二重ワードをしてしまうくらい、私は混乱していたのだろう。俗に言う「腹痛が痛い」現象だ。
銃。チャカ。ガン。呼び名は分からない。しかし、ソレは間違いなくそのどれかだった。
最早、私のクエスチョンマーク数は420個は突破していた。

彼は真っ黒な漆黒銃を手に取ると、窓から腕を出し、奴らに向けたのだ。
奴らのクエスチョンマーク数は計測不可を示していた。

《YOSHIKI》は躊躇うこともなく引き金を引いた。
「バン・バン・バン・バン・バン」
5発だろうか。
奴らの窓ガラスが割れるかと思われたが、、、、、

そんなこと起こるはずもなかった。

エアガンだったからだ。

走行中の車から撃つとBB弾は空気抵抗によって後ろに流れることを初めて知った。
私が聞いたであろう「バン・バン・バン・バン・バン」は「プスゥ・プスゥ・プスゥ・プスゥ・プスゥ」だったのだろう。

様々な疑問が頭をよぎる。
なぜ、ダッシュボードにエアガンを積んでいるのか?
なぜ、撃とうと思ったのか?
なぜ、撃った瞬間これ以上ない楽しそうな笑みをしていたのか?

私はそっと瞳を閉じ、思考した。
そして、ひとつの答えに辿り着いた。

彼は《BOØWY》の《YOSHIKI》である。

それ以上でも、それ以下でもない。

「その時歴史が動いた」からここまで僅か26秒の出来事である。

その後、奴らはものすごい勢いでスピードを緩め、右折して身を隠したのである。
彼らが今、どのような人生を歩んでいるかは知らない。
しかし、煽り運転はしていないだろう。
なぜなら、数年分のクエスチョンマークをたった26秒で消費してしまったのだから。
彼らは《ドライブ》が《アライブ》であった事に感謝しているはずだ。
彼らの人生が豊であることを切に願う。

その日は《紅》が頭から離れず、エンドレスループだったのは言うまでもない。
posted by ぷーりん at 14:21| 日記